CO2を発生しない燃料── 水素エネルギーの国内情勢と現状
まず、水素エネルギー活用に関するわが国の戦略を整理したい。政府は2016年3月に「水素・燃料電池戦略ロードマップ」を改訂し公表している。このロードマップでは、水素エネルギーの課題解決策を技術開発と時間軸の視点から大きく三つにフェーズを分けて示している(図2)。

図2/水素社会実現に向けた対応の方向性
(出典:「水素・燃料電池戦略ロードマップ」経済産業省 水素・燃料電池戦略協議会、2016 年)
まずフェーズ1では、定置型燃料電池や燃料電池自動車の普及など「需要」の喚起を謳う。例えば、定置型燃料電池の発電スタックは水素を燃料として稼働するが、家庭に水素を供給するインフラは確立していない。そのため、都市ガス・LPガスなどから水素を製造する「化石燃料改質技術」が用いられている。このように、足下のフェーズ1では化石燃料改質方式を中心に水素製造技術を基礎としつつ需要を増やすことを目指している。
中期的なフェーズ2では、喚起された水素エネルギーの需要を満たすため、供給力の確保を目指すとしている。水素製造技術はフェーズ1同様、化石燃料改質技術を用いるが、それではCO2排出削減には貢献しない。そのためCO2の回収・貯留・利用技術(CCS・CCUS)と組み合わせることとされている。CCS等の技術開発やポテンシャル確保も必要となり、現状では豪州で褐炭から水素を製造し、排出されるCO2については現地でCCSを活用する方法が検討されている。褐炭は大気に触れると発火する可能性があるが、産炭地または近傍で水素に転換してしまえば国際取引しやすいというメリットも期待されている。
フェーズ1、2とも化石燃料改質であり利用段階ではCO2を排出しないとしても、水素製造段階でCO2が排出されるため、本質的にはCO2フリーのエネルギーとはならない。またフェーズ2は海外からの輸入であり、自給率改善にも寄与しない。褐炭であれば原油・天然ガスなどよりも地勢的リスクは軽減するものの、水素製造国との互恵関係に依存する点では同じだ。
一方で、このロードマップで目指される最終段階であるフェーズ3に記載された再生可能エネルギー由来の水素とは、主として水の電気分解(水電解)によって製造された水素のことをいう。水電解で水素を製造する技術を「Power-to-Gas(以下:P2G)」と呼び、例えば、太陽光や風力などの再生可能エネルギー由来の電力を用いれば、製造から利用までトータルでCO2フリーのエネルギーになる。加えて、水素を輸入する必要もなくなる。CO2が発生しない水素は、化石燃料改質水素との差別化を図るために「CO2フリー水素」と呼ばれる。究極のクリーンエネルギー活用とエネルギーセキュリティの確保に資する水素社会は、このフェーズ3になって初めて確保されるといえるだろう。
現状の水素利用についていえば、フェーズ1で述べた定置型燃料電池や燃料電池自動車のみならず、実は既に産業部門でも活用されている。工場で化学製品などを製造する際に付随して発生する「副生水素」である。
製造工程によって副生ガスの水素含有率も異なり、例えば、苛性ソーダの電解などで得られる水素は純度が99%以上のものもあり、市場で取引されている。一方、製鉄所で発生する副生ガスには60%程度しか水素が含有されておらず、高純度の水素を必要とする燃料電池の燃料にそのまま用いることはできない。副生水素を販売するとなると品質を向上させるための設備投資を行う必要がある。現時点では高品質な水素の需要が見通せておらず、投資するインセンティブが働きにくいのが現実であろう。
一方、低品質の副生水素であってもボイラや自家用発電設備等の燃焼需要であれば十分に稼働させることができることから、副生水素はもっぱら当該工場内で燃料として自家消費されている。このボイラ等の熱需要で水素活用が拡大すれば、低品質な副生水素も市場に流通する可能性が広がり、ロードマップで謳う需要の喚起を促すと期待される。
再エネ発電と水素エネルギーの価格
しかし問題はコストだ。日本はP2Gを電力貯蔵技術として活用することを模索しているが、充放電ロスが他の電力貯蔵技術に比べ多いことが課題である。電気を水素に、そして、また電気に戻すという2回のエネルギー変換を行うため、ロスが倍増するのだ。得られる電力量は水素を製造するために消費した電力量の4割程度まで目減りするとなれば(図6)、コスト低減は相当に厳しいといわざるを得ない。

図6/P2Gのエネルギー効率
(出典:IEA Technology Roadmap Hydrogen and Fuel Cells(2015)より作成)
現在、政府は2030年での水素の価格を30円/Nm3、発電した場合は17円/kWhを掲げている。仮に水素発電を進めるのであれば、高くても再エネ発電の単価がベンチマークとなるだろう。欧州では北海をはじめ洋上風力による発電事業が進みつつある。今では5円/kWh以下で発電事業を落札し長期契約を締結する事業者も現れ始めた。水素エネルギーを進めるうえで最も考慮しなければならないことはこれら再エネ発電の発電単価であり、わが国がまずなすべきことは、こうした再エネのコスト引き下げであろう。
コストが高いエネルギー技術は実験室レベルでは存在しても、政策レベルとしては慎重にならざるを得ない。わが国の温暖化政策としては、需要側で電化を進め、その電力を再エネもしくは原子力で供給することが最も現実的な温暖化対策という結論に変わりはない。しかし温暖化対策の現状を考えれば、何か一つのsilver bulletを待つのではなく、あらゆる手段の積み重ねが求められる。電化できない高温熱需要など化石燃料による需要の代替として水素を燃料として活用し、その中で水素技術の成熟とコスト低下を待つというのが現実的な策ではなかろうか。
その上で、水素利用に関するコストを大幅に引き下げるには、グローバルでその技術が普及することが大前提だ。水素への国際的な関心を高めつつ、技術普及に向けたコストもシェアしていくことが望ましいのではないだろうか。
- 注1)
- Evaluation Tables of the Energy Balance for Germany
(ARBEITSGEMEINSCHAFT ENERGIEBILANZEN e.V.) - 注2)
- 21世紀政策研究所新書68「ドイツのエネルギー・気候変動政策の概観とCOP23」
http://www.21ppi.org/pocket/pdf/68.pdf - 注3)
- 日本ガス協会資料
http://www.mlit.go.jp/common/001182631.pdf